近藤 明広 Akihiro Kondo公式

ボクシングスーパーライト級一力ボクシングジム

プロ 55戦 38勝(22KO)14敗 3分

近藤 明広

2026.9.28 後楽園ホール 引退試合

中学3年の夏、テレビで世界戦を見た翌日に本屋へ走った少年は、24歳で日本ライト級王者になり、25歳でベルトを失い、28歳でジムと喧嘩して引退、タイの公園で練習した。一力ジムに拾われて再起し、37歳で東洋太平洋王者。ニューヨーク、アルマトイ、ベルギー、ベルリン。海外のリングには4度立ち、4度負けた。41歳。55戦目が最後の試合です。

出身
埼玉県加須市
生年月日
1985.04.03(41歳)
身長
173cm
スタイル
右ボクサーファイター
デビュー
2006.05.22
アマチュア
43戦 30勝(17 KO・RSC)13敗

メッセージ

中学3年の夏に、テレビで世界戦を見て、次の日に本屋に走ってから、もう26年です。

プロで20年、55戦。日本、WBOアジア太平洋、東洋太平洋のベルトは巻けました。海外は4回行って、4回とも負けました。ニューヨーク、カザフスタン、ベルギー、ベルリン。海外で1回も勝ててません笑。

引退詐欺を何回もしてすみません。「まだやるの?」と言われ続けて41歳になりました。網膜剥離の手術の後、病院のベッドで、もう無理だな、でも辞めるのは自分で決めたいな、とずっと考えてました。奥さんはもう諦めてました笑。

正直に言います。もう世界チャンピオンにはなれないと思ったから、引退します。強がりでも何でもなく、ベルリンで身体が動かなかった。それが理由です。

でも後悔はないです。
25歳で天狗になってベルトを失くして、28歳でジムと喧嘩して辞めさせられて、タイの公園で練習して。そこから拾ってくれたのが一力の会長でした。あの時に誰もいなくなっていたら、この12年はなかった。負け続けた海外も、ベルギーもベルリンも、負けたけど行って良かった。行かなかったら一生モヤモヤしてたと思います。

挑戦し続けることの意味とは何か。よく聞かれます。
自分の答えはこうです。いくつになっても挑戦はできる。そして、結果から学ぶことより、その道中で得るものの方が大きい。
これは皆さんに伝えたいことです。上手く言えないですけど、20年やって、これだけは本当だと言えます。

今の世の中、先が見えないとよく言われます。自分も産廃のトラックに乗って、夜勤もして、探偵の副業もして、それでもボクシングを続けてきました。カッコいい話ではないです。でも、いくつになっても挑戦はできます。41歳で無敗の王者に挑めたんだから、本当です。何歳でも挑戦していい、そういう国であってほしいと思っています。

挑戦し続ける40代、50代の方には、エールを送りたい。
疲れて、諦めかけているファイターには、少しだけ元気を。
これからの20代、30代には、希望を。
自分の20年でそれが少しでも届くなら、負けまくった甲斐がありました笑。

次は地元の加須でジムを作って、海外で勝つ選手を育てます。自分が出来なかった分まで。

9月28日、後楽園ホール。最後です。
拾ってくれたジム、家族、応援して下さった皆様、そして相手を引き受けてくれた松岡選手に感謝しています。
そして何よりも、この日本という国に感謝しています。
泥臭く、最後までやります。

見届けて下さい。

2026年9月近藤 明広

戦績プロ

55戦 38勝(22KO)14敗 3分 KO率 58%

KO勝 22 判定勝 16 敗 14 分 3

アマチュア 43戦 30勝(17 KO・RSC)13敗 2003 長崎インターハイ ライト級 準優勝

獲得タイトル

2022

王者

第42代

OPBF東洋太平洋スーパーライト級

2022.06.14OPBF防衛 0

麻生興一に2回TKO。37歳

2016

王者

WBOアジア太平洋スーパーライト級

2016.09.13WBO ASIA PACIFIC防衛 0

ジェフリー・アリエンザに11回TKO。JBC が WBO-AP 王座戦の日本開催を認めた最初の試合

2009

王者

第55代

日本ライト級

2009.08.01JBC防衛 1

三垣龍次に1回45秒TKO。24歳。防衛1(加藤善孝に判定2-1)

2007

新人王

第54回

全日本ライト級

2007.12.22

鶴田亮介に判定3-0。東日本新人王 MVP

世界戦・海外戦5試合

2017 ニューヨークバークレイズ・センター IBF世界スーパーライト級王座決定戦セルゲイ・リピネッツ 判定 0-3 ワイルダー vs スタイバーン第2戦の前座。Showtime 中継
2019 東京後楽園ホール IBF世界スーパーライト級挑戦者決定戦ドウヌア・サックリン 5回 KO
2023 アルマトイカザフスタン IBO世界スーパーライト級タイトルマッチザンコシュ・トゥラロフ 判定 0-3 DAZN 配信
2025 ベルギー IBFインターナショナル・スーパーライト級タイトルマッチアントワーヌ・ヴァナケール 判定 0-3
2026 ベルリンコロンビアハレ GBCウェルター級タイトルマッチボルカン・ギョクセフ 9回 TKO 海外4度目のリング。序盤に首を痛め、9回にセコンドがタオル

全戦績55戦

日付決着相手備考通算
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2006 勝 05.22 2R1:18 TKO 田中隆仁(岐阜ヨコゼキ) プロデビュー 1勝0敗
敗 08.10 4R負傷判定 0-2 森田保(コーエイ工業小田原) 1勝1敗
勝 12.05 2R3:08 KO 島村唯将(オサム) 2勝1敗
2007 勝 06.04 4R判定 3-0 神崎宜紀(戸高秀樹) 3勝1敗
勝 07.31 4R判定 3-0 細川バレンタイン(宮田) 4勝1敗
勝 09.28 3R0:50 KO 倉又章徳(船橋ドラゴン) 5勝1敗
勝 11.04 2R1:20 KO 高田茂(マナベ) 6勝1敗
勝 12.22 5R判定 3-0 鶴田亮介(本田フィットネス) 全日本ライト級新人王決定戦 7勝1敗
2008 勝 03.03 8R判定 2-0 森川弘幸(高砂) 8勝1敗
勝 06.11 8R判定 3-0 長崎大之(F・I) 9勝1敗
勝 09.10 7R2:23 TKO 本橋正行(五代) 10勝1敗
2009 勝 03.13 6R負傷判定 2-1 塩野翼(角海老宝石) 11勝1敗
勝 08.01 1R0:45 TKO 三垣龍次(M.T) 日本ライト級王座 獲得 12勝1敗
勝 12.19 10R判定 2-1 加藤善孝(角海老宝石) 日本王座 防衛1 13勝1敗
2010 敗 04.22 10R判定 0-2 荒川仁人(八王子中屋) 日本王座 陥落 13勝2敗
勝 08.21 8R判定 3-0 鎧塚真也(協栄) 14勝2敗
勝 12.22 8R判定 2-1 小澤大将(全日本パブリック) 15勝2敗
2011 勝 05.16 8R判定 3-0 伊波・パブロ・カスティーヨ(真正) 16勝2敗
分 09.07 8R判定 0-1 小竹雅元(三迫) 16勝2敗1分
2012 敗 03.06 10R判定 1-2 加藤善孝(角海老宝石) 日本ライト級タイトルマッチ 16勝3敗1分
勝 06.28 5R2:22 TKO 齋藤丈裕(新日本木村) 17勝3敗1分
勝 12.10 8R判定 3-0 小池浩太(ワタナベ) 18勝3敗1分
2013 勝 04.17 3R1:58 TKO ファーサンハン・オーベンジャマット(タイ) この後、引退届。2014年3月に一力ジムで再起 19勝3敗1分
2014 敗 04.23 10R判定 0-3 荒川仁人(八王子中屋) 復帰戦 19勝4敗1分
勝 11.17 1R1:45 KO ケーオクラー・チャイヨンジム(タイ) 20勝4敗1分
敗 12.15 8R判定 1-2 山田智也(協栄) 20勝5敗1分
2015 勝 03.16 4R2:45 TKO ジムレックス・ハカ(フィリピン) 21勝5敗1分
敗 04.22 8R判定 1-2 原田門戸(横浜さくら) 21勝6敗1分
勝 07.27 4R1:55 TKO パトンサック・パトンポートン(タイ) 22勝6敗1分
勝 11.16 8R判定 3-0 ワッチャーラ・リアンプラシード(タイ) 23勝6敗1分
2016 勝 03.17 8R判定 3-0 山口祥吾(唯心) 24勝6敗1分
勝 06.13 1R2:54 TKO ダーオルアン・ルークバーンスワン(タイ) 25勝6敗1分
勝 09.13 11R1:20 TKO ジェフリー・アリエンザ(フィリピン) WBOアジア太平洋スーパーライト級王座 獲得 26勝6敗1分
勝 12.12 3R1:29 KO パランペッチ・シスパーサク(タイ) 27勝6敗1分
2017 勝 03.13 2R2:47 KO パトンサック・パトンポートン(タイ) 28勝6敗1分
勝 05.26 6R1:24 TKO 岡崎祐也(中内) 29勝6敗1分
敗 11.04 12R判定 0-3 セルゲイ・リピネッツ(ロシア) IBF世界スーパーライト級王座決定戦。ニューヨーク 29勝7敗1分
2018 勝 03.02 4R2:48 TKO リクヒット・サンリッツ(タイ) 30勝7敗1分
勝 09.01 5R0:55 TKO 宮崎辰也(マナベ) 31勝7敗1分
2019 敗 02.18 5R1:47 KO ドウヌア・サックリン(タイ) IBF世界スーパーライト級挑戦者決定戦 31勝8敗1分
敗 07.12 10R判定 0-3 平岡アンディ(大橋) 31勝9敗1分
勝 11.15 10R判定 3-0 柳達也(伴流) 32勝9敗1分
2020 分 12.10 7R負傷判定 0-1 永田大士(三迫) 日本スーパーライト級タイトルマッチ 32勝9敗2分
2021 敗 05.28 8R判定 0-3 アオキ・クリスチャーノ(角海老宝石) 32勝10敗2分
勝 12.31 8R判定 3-0 石脇麻生(寝屋川石田) 33勝10敗2分
2022 勝 06.14 2R2:07 TKO 麻生興一(三迫) OPBF東洋太平洋スーパーライト級王座 獲得 34勝10敗2分
勝 09.22 6R2:05 TKO 柳達也(伴流) あしたのジョーメモリアル 2022 35勝10敗2分
敗 12.05 12R判定 0-3 永田大士(三迫) OPBF王座 陥落 35勝11敗2分
2023 勝 03.04 6R2:01 TKO チャイヤラット・サワンソーダ(タイ) 36勝11敗2分
勝 07.20 8R判定 3-0 ホセ・ガルシア(メキシコ) 37勝11敗2分
敗 12.10 12R判定 0-3 ザンコシュ・トゥラロフ(カザフスタン) IBO世界スーパーライト級タイトルマッチ。アルマトイ 37勝12敗2分
2024 分 09.30 8R判定 1-1 川村英吉(角海老宝石) 37勝12敗3分
2025 敗 02.20 12R判定 0-3 アントワーヌ・ヴァナケール(ベルギー) IBFインターナショナル・スーパーライト級タイトルマッチ。ベルギー 37勝13敗3分
2026 敗 05.24 9RTKO ボルカン・ギョクセフ(トルコ) GBCウェルター級タイトルマッチ。ベルリン 37勝14敗3分
勝 09.28 4R0:54 TKO 松岡蓮(浜松堀内) 引退試合。後楽園ホール 38勝14敗3分

経歴

  • 小学生

    地元の少年野球団でキャプテン、エースで4番。

    監督は父だった。中学でも野球を続けた。

  • 中学3年

    最後の大会に大敗して野球をやめる。

    テレビでボクシングの世界戦を見て、翌日に本屋へ走った。地元・鴻巣のジム(現・鴻巣茂野ボクシングジム)に入門し、5か月後に初めての試合に出た。

  • 2003年

    白鷗大学足利高校3年。

    1年、2年は勝てなかった。3年で県大会と関東大会を制し、長崎インターハイのライト級で準優勝。

  • 2006年3月

    東洋大学を2年で中退。

    「甘えられない環境へ」と東京の日東ジムに移り、一人暮らし。朝4時のロードワークとアルバイトの日々。5月22日、後楽園ホールでデビュー、2回TKO勝ち。

  • 2007年

    東日本新人王トーナメントで優勝、MVP。

    12月、全日本ライト級新人王。

  • 2009年8月

    日本ライト級王者。

    「噛ませ犬」として来た挑戦のオファーを即答で受け、三垣龍次を初回45秒で倒した。24歳。12月、加藤善孝を相手に初防衛。

  • 2010年4月

    2度目の防衛戦で荒川仁人に判定負け。

    王座を失う。25歳。

  • 2012年3月

    日本タイトルに再挑戦。

    加藤善孝に判定で敗れる。27歳。

  • 2013年12月

    世界を目指せる環境を求めて移籍を頼み、ジムと喧嘩になる。

    JBC に引退届を出して強制引退。28歳。

  • 2014年1月

    移籍先が決まらないままタイへ渡り、公園で練習した。

    3月、一力ジムに移籍してライセンスの再交付を受け、現役に戻る。29歳。

  • 2016年9月

    WBOアジア太平洋スーパーライト級王者。

    アリエンザを11回TKO。

  • 2017年11月

    ニューヨーク、バークレイズ・センターで IBF世界スーパーライト級王座決定戦。

    2回に鼻を骨折し、リピネッツに判定負け。32歳。

  • 2019年2月

    後楽園ホールで IBF世界挑戦者決定戦。

    サックリンに5回KO負け。プロで初めてのKO負けだった。

  • 2022年6月

    OPBF東洋太平洋スーパーライト級王者。

    麻生興一を2回TKO。37歳。12月、永田大士に敗れて王座を失う。

  • 2023年12月

    カザフスタン・アルマトイで IBO世界スーパーライト級タイトルマッチ。

    判定負け。

  • 2024年10月

    フィラデルフィアで IBF世界ウェルター級王者ジャロン・エニスのスパーリングパートナーを務めた。

  • 2025年2月

    ベルギーで IBFインターナショナル・タイトルマッチ。

    判定負け。3月、勤めていた空調設備の会社を辞め、父と兄の産業廃棄物処理の仕事へ。

  • 2025年8月

    右目の網膜剥離が見つかり、9月に予定していた中国での WBAアジア戦を断念。

    8月14日に手術。「完治したら、あと1試合、日本でやりたい」と会長に伝えた。

  • 2026年5月

    ベルリンで GBCウェルター級タイトルマッチ。

    海外4度目のリング。序盤に首を痛め、9回にセコンドがタオルを入れた。帰りの飛行機で引退と、地元・加須にジムを開くことを決めた。

  • 2026年9月28日

    引退試合。

    後楽園ホール、あしたのジョーメモリアル。デビューから20年、55戦目。

談話

2026年6月27日41歳
近藤 明広

引退と、ジムを開く理由

自分が叶えられなかった、世界チャンピオン。そして海外で勝つ選手を作る。

本人ブログ

  • 2009年10月24歳

    日本王者として

    勝って感動させたい

    毎日新聞 埼玉版

  • —

    拾ってくれたジムに恩返しします。皆様応援宜しくお願い致します。

    一力ボクシングジム 所属選手紹介

  • 2024年1月20日38歳

    タイに渡って10年

    人事を尽くして天命を待つ。これしか無い!

    本人ブログ

  • 2024年9月11日39歳

    日本での復帰戦を前に

    子供達に強いパパだったと見てもらうのも今回しかない。泥臭くても勝つ!

    本人ブログ

  • 2026年3月13日40歳

    ベルリン戦を決めて

    好きで始めたボクシング。辞めるのも自分の意思でしたかった。

    本人ブログ

  • 2026年3月21日40歳

    28歳、強制引退のころを振り返って

    ボクシングがやりたくても出来ない。世界も目指せない。ボクシングしか無い自分は、もう死んだも同然だった。

    本人ブログ

  • 2026年5月24日41歳

    ベルリン戦の後

    皆さんの応援でこの年齢で、ここまでやれたことに感謝しています。ありがとうございました

    ボクシングモバイル

  • 2026年6月20日41歳

    41歳での海外挑戦について

    ほかのボクサーでは、なかなか来ないチャンスだなって。これは自分にしかできない挑戦。幸せなことだなと思い、チャレンジしよう、と思いました

    webスポルティーバ

プロフィール

名前
近藤 明広
生年月日
1985年4月3日
出身
埼玉県加須市
身長
173cm
スタイル
右ボクサーファイター
所属
一力ボクシングジム(東京都墨田区・鐘ヶ淵)
出身校
白鷗大学足利高校、東洋大学経営学部(中退)
プロデビュー
2006年5月22日
仕事
父と兄が営む産業廃棄物処理の会社で働きながら、草加のボクシングジムでトレーナーの修行中。パーソナルレッスンも受けている。
家族
妻と息子3人。
肩書き
加須市観光大使
今後
引退後は地元・加須にボクシングジムを開く準備。「海外で勝つ選手を作る」。
趣味
家族と遊ぶ。最近は息子と桃鉄。
好きなボクサー
畑山隆則、竹原慎二、佐藤修

写真